2014年01月07日

BLACK JACK(ブラック・ジャック)

『BLACK JACK』(ブラック・ジャック)は手塚治虫の代表作の一つ。『週刊少年チャンピオン』にて1973年から1983年まで掲載された。医療漫画の原点として、他の漫画家たちに多大な影響を与え続けている。

主人公のブラック・ジャックは天才的な外科医であり、その能力の高さゆえに、彼の前には治療困難な患者たちが続々と集まってくる。彼は高額な報酬と引き換えに、全力で彼らを治療する。しかし、彼の天才的な能力をもってしても、しばしば治療は失敗する。また彼の治療とは無関係の出来事によって患者の生死が左右されるたりする。

この作品の哲学的特徴は、自然への畏敬の念が鮮烈な形で描かれる点にある。もちろん他の医療漫画と同様、生命は尊いものとして描かれるが、単純な生命賛歌では決してなく、恐れ敬うべき自然の一部として生命が光り輝く形式をとる。

ブラック・ジャックが恩師の治療に失敗する直前、恩師は死を悟りながら吐露する。
「どんな医療だって、せ 生命のふしぎさには・・・かなわん・・・ に 人間が い 生きもの生き死にを じ 自由に し しようなんておこがましいとは お お 思わんかね・・・」

そして、ブラック・ジャックのライバル的存在であるキリコは自然の暗部を象徴する存在として現れる。
キリコは道に落ちている蝶の死骸を持ち上げながら問いかける。
「生きものは死ぬ時には自然に死ぬもんだ・・・それを人間だけが・・・無理に生きさせようとする。どっちが正しいかね ブラック・ジャック」
その蝶の死骸は桜の花びらのごとく風に舞い、自然の中へと消えていく。

また別の話で治療に失敗した時、ブラック・ジャックは天に向かって叫ぶ。
「神さまとやら! あなたは残酷だぞ。
医者は人間の病気をなおして命を助ける!
その結果 世界じゅうに人間がバクハツ的にふえ 食糧危機がきて何億人も飢えて死んでいく・・・
そいつがあなたのおぼしめしなら・・・
医者はなんのためにあるんだ」

個体としての生命を尊重する倫理と全体としての環境を尊重する倫理。
どちらの倫理も大切だが、この方向性の異なる二つの倫理はどのように共存すべきなのだろうか。
現代の環境倫理学は、いまだにまともな答えを出せてはいない。

ブラック・ジャックの問いかけは、今でもなお私の心に鳴り響いている。


【追記】 2014年7月6日
自然環境問題では、個体と全体のどちらを守るべきかで、しばしば倫理的な葛藤が起きる。例えば、現在日本各地でシカが増えすぎたために、若い植物が食べつくされ、はげ山の危機に瀕する地域が急増している。シカという個体の命を守れば全体としての環境が破壊される場合もあるのだ。
これと同様に、人が急増すれば、人の住む環境が破壊される場合もある。

個体と全体は互いに補いあう関係にあるので、どちらかだけを守ろうとしてもうまくいかない。

こうした倫理的葛藤は、社会生活を営む人なら誰にでも起こりえるものであり、広く議論されるべきものだと思う。


(文責:道下雄大)


【関連ページ】
公式ホームページ
http://tezukaosamu.net/jp/manga/438.html

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タグ:手塚治虫
posted by 道下雄大 at 00:03| Comment(1) | 漫画
この記事へのコメント
『おこがましいとは思わんかね』は印象的ですよね。その言葉は、命について考えるとき必ず頭をよぎります。近年ヒトの延命治療についてはアメニティやQOLの観点から語られていますが、ペット(愛玩動物)には語られていない気がします。ある飼い主の実話ですが、ある種のネズミに酸素室を持ってきて薬物を投与する。確かに数日は生きるでしょう。しかし、ネズミの体重を鑑みると、薬というのは大きな意味があるものではありません。この飼い主は何をしたかったのか?愛玩動物へ対し、「友情」を感じているのであれば、安らかな天命を全うさせ、感謝することの方が大切ではないか?そんなことを「おこがましいとは思わんかね」というセリフと共に思い出したものです。
Posted by 山本京嗣 at 2014年04月29日 13:26
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